その昔々、おとんは妊娠したおかんにプレゼントをしようと思った。
おとん24歳、おかん19歳。
タイル職人をしていたおとんは作業着のまま、取れないセメントがついた手のまま、お金をいっぱいポケットにつっこんで高級ブランド店に入った。他のお客さんには接客しているのに誰も自分に接客してこない。まるで自分はここにいない人のような店内の空気。
それまでブランド品なんて買った事がなかったおとん。それでもおかんに高級ブランド品をプレゼントしたかった24歳のおとん。
数件ブランド店を回る。どこも同じ対応で最後に入ったのがカルティエだった。ここで初めてちゃんと接客された。初めて子供が産まれるので嫁さんにプレゼントをしたいと話したら特別な包装までしてくれたらしい。
おとんはカルティエが大好きになった。その後ブランド品を買う時は全部カルティエになった。カルチエと呼ぶけれど。
この時おかんのお腹の中にいたのがわたしで、わたしが産まれる時にどれだけ嬉しかったかという話とくっつけてこの話を「汚い格好してたからなぁ。」とお酒を呑みながら笑いながら小学生のわたしに話してくれた。
この話は今もわたしに色々教えてくれている。
高校生になってアルバイトをしている時もギャラリーに務めている時も花屋になってからも接客をする時、この話が体に刷り込まれているわたしはカルティエの店員さんに会った事もないけれど、いつの間にかわたしもおとんのような気持ちになる人の時間が作れたらと店頭に立つ。
(おとんがいつも座る席に置いてあるメモに書いてあった。)
テレビを見ながらケラケラ笑うおかんの横にいるへにゃへにゃのおとんを今もかっこいいと思う。嬉しいと思っている事やありがとうと思っている事はもったいぶらないで特に近い人にわかりやすく伝えるという事。
TPOに合わせた服装も大切だという事。だけどそうじゃない人になってみると色々見える事もあるという事。
昨日わたしは壁画作業で絵具だらけの作業着で絵具だらけの手のまま作業帰りに電車に乗った。ちょうどこの時「ご注文頂いた鰻の発送準備が整いました。」のメールが届きこの話を思い出す。
「父の日何もいらんからな。」と毎年言うおとんに今年も鰻で元気になってもらう。
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